柴田善臣騎手、少頭数競走を上位人気馬で堅実に圧勝。


数日前に久方ぶりの地方重賞勝利を成し遂げた、中央競馬界現役最高齢騎手の柴田善臣氏(54歳/東/フリー)だが、その好調ぶりは中央の馬場でも一向に陰りを見せず、週末には本年の9勝目を挙げるに至った。前述の地方重賞を含めれば二桁勝利の達成となる。

JRAの公式動画より。決勝線。

紛れの少ない一戦で。

2021年3月18日。前日の雨がやんで晴れ上がった中山競馬場であったが、馬場のほうは午後になっても生乾きといったところで、第8Rは稍重の芝で行われることとなった。2勝クラスの1600m条件。一応少し賞金の高い特別戦であった。この日は阪神と新潟でも開催があり番組が充実していたためか、頭数が揃わず、枠連を発売出来ない7頭立て。柴田善騎手が手綱を取るフォワードアゲン(騙4/父ローズキングダム/中野厩舎)は、二番人気に支持されていた。

これが2勝クラスでの三戦目となるフォワードアゲンは、何よりその堅実な成績が支持を集める主因といえた。デビューからここまで11回走り、ただの一度も掲示板に載りそびれたことが無いのである。11回のうち実に10回も柴田善騎手を鞍上に据えており、勿論これまでの2勝も柴田善騎手と共に掴み取っていた。

勝手知ったる人馬が、勝手知ったる中山で。

レースでは、スタート直後から激しい先手争いが繰り広げるところ、そのやや後ろでポツンと一頭。後方でも先団でもなく、少頭数の利を生かし、他馬のいない最もストレスフリーな位置取りで追走することができた。これは、勝った昨年と似たような状況であった。

JRAの公式動画より。前と後ろの馬群に挟まれた一頭がフォワードアゲン。

三四角では余裕綽々の捲りっぷりを魅せ、直線へ出てからはさらに加速。見事そのまま押し切って見せたのだから強い。後半600mにおける走破時計は、勿論メンバー最速であった。

以下2枚ともJRAの公式動画より。三四角の中間あたり。後方の馬も追い立ててきて全馬が詰まるところ、画面やや右の橙帽子を被らされた柴田善騎手とフォワードアゲンが外から上がっていく。
直線入口。既に内の数頭を抑え込み、最内で粘る白帽騎手が駆る一番人気馬と並ぶ勢いの、柴田善騎手と二番人気のフォワードアゲン。

デビューが3歳時の3月であったことを鑑みると、フォワードアゲンは4歳になったとはいえ古馬と呼ぶにはまだまだ若く、成長の余地がある遅咲きの馬とも思わせる。準オープン級とも呼ばれる3勝クラスでの活躍も大いに期待される。

老いてますます盛んだが、その後輩は?

ところで柴田善騎手であるが、年間勝率は一割を切ってしまったものの、冬場に相次いだ骨折を乗り越えた挙句、4月までに9勝を挙げたとなると、昨年の22勝を大幅に上回るペースでの勝ちっぷりであることは間違いない。

一方で気になるのが、柴田善騎手と一歳年下にして氏と同じ関東所属の、しかし通算2800勝以上、G1タイトルも30個以上、と成績面で氏を大きく上回る、いわば良く出来過ぎた後輩、とでもいうべき騎手、横山典弘氏(53歳/東/フリー)の近況である。

JRAホームページより。

上掲の通り、今年挙げた勝ち星の数はここまで8個。つまり柴田善騎手よりも少ないのだ。

JRAホームページより。

見比べてみると、騎乗回数は横山典騎手の方が多く、必然的に柴田善騎手は勝率でも横山典騎手を上回ったことになるわけだが、連対率と3着内率は横山典騎手に分がある。

騎乗数も100回無い程度で、一見似たような感じだが…

両者は大差がない、同じようなベテラン枠、と認識する馬券師がいたとすれば、少し雑把かもしれない。よくよく考えてみれば、勝率が低くて複勝率が高いということは、勝ち切れない惜しいレースを乱発してきた、それはつまりそもそも、勝てる見込みであった戦いをボロボロと取りこぼしてしまって、結果的に2着3着が積み重ねられてきた、という可能性があるのだ。勝ち戦であった筈が、騎手の判断遅れや追い疲れによって、競走馬の瞬発力や持久力が十二分に発揮されず、いま一息及ばない結果に陥ってしまったのかもしれないのである。

柴田善騎手と横山典騎手、それぞれの成績を重ねてみると、今年の横山典騎手がお世辞にも好調とはいえないことがよくわかる。

1.勝利数での比較

JRAホームページの成績を見て、筆者作成。

上掲の折れ線グラフは、デビューからこれまで、両騎手の年間勝利数がどのように推移してきたかを表している。減量騎手時代から若手と呼ばれそうな時期については、両者とも同じような勝ち鞍数で切磋琢磨、といったところだ。90年代に入ると、数々の名馬と巡りあった横山典騎手が、その名を広めると共に大きく勝ち星を伸ばした時期が数年あったものの、2000年代に入ると逆転。柴田善騎手に押しも押されもせぬ最盛期が訪れた。2004年に氏が記録した年間勝利数145という数字は、意外にもここまで横山典騎手に一度も破られていない。

しかし、その翌年から柴田善騎手の勝利数は急激に下降していく。怪我や腰痛の悪化も重なって、100勝など夢のまた夢、という状態にまで陥ってしまうわけだが、一方で横山典騎手は勝ち星を順調に積み重ねていった。そしてその結果、2010年代から今日に至るまで、横山典騎手は柴田善騎手よりも一歳年下にして二枚も三枚も上手、という評価が定着することとなった。

ところが、上掲の通り、この勝ち鞍だけを示した味気ない騎手人生の折れ線にあって、最後の最後、2021年の現時点で、両者は重なり、なんなら柴田善騎手が横山典騎手を超えるかもしれないのである。実に17年ぶりの大事変なのだ。

2.勝率での比較

JRAホームページの成績を見て、筆者作成。

もう一つ、勝率についてのグラフも用意した。興味深いのは、新人、若手時代を含めて、だいたいは横山典騎手の方が年間勝率が高い、という事実である。柴田善騎手が勝った年もあるが、それは殆ど微差であり、一方で横山典騎手の勝率が柴田善騎手を上回る時は、90年代、2000年代共に差が開いていることが多い。つまり、横山典騎手は勝てそうな馬を選ぶし、柴田善騎手は依頼が来た順に手あたり次第乗る、という方針なのではないか、との憶測を脳内に巡らせることが出来る。

注目はやはり、柴田善騎手が最も勝ち星を挙げた年の翌年、2005年以降の推移である。年間勝利数の折れ線グラフと同様、この年以降は柴田善騎手は勝率面でも一切横山典騎手と肩を並べることがなかった。それも、今年を除いて、だが。

二つの図表を見れば、今年が如何に奇特な一年となりそうな雰囲気に満ちているのかが推し量れるというものだ。柴田善先輩による、15年越しの後輩潰しがあるのか、注視していきたい。


労働階級からの解放を志し、収入のアテもないのに突然脱サラ。後先考えないその姿勢に後悔しきり。

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