武一族の栄光を胸に


日本中央競馬界の最多勝記録を更新し続ける漢、武豊騎手(50才)の親戚であると嘘をつき、確実に儲かるレースを知っている等と吹聴して、お金を騙し取ろうとした菊本さんが捕まったという。

武豊さんの親戚かたり「勝つ馬わかる」 詐欺容疑で逮捕(朝日新聞)

「騙されるほうがどうかしている」「絶対に当たる馬券などあるわけない」等と、騙された人を馬鹿にするような評があちらこちらから聞こえてくる。菊本さんは、逮捕容疑以外でも数件やった、といった供述をしているらしく、泣き寝入りした被害者も多くいるようだが、まず問題にすべきはその愚図な被害者たちではなく、もちろん菊本さんの非人道的な行為である。

そしてそんなことはどうでもいい。

まず何て話しかければいいの?

何よりも興味が湧いてくるのは、その際の語り口である。菊本さん(72才)は、恐らくはたゆまぬ努力の積み重ねによって、喜寿を目前にしてようやく、初対面の人をすっかり信じ込ませる、独特かつ絶妙な軽口を手に入れたに違いない。

しかも相手はすし屋の板前である。すし職人といえば、日々生き物を物色し、死してなおその体をズタズタに掻っ捌いたり、場合によってはその肉片を調味液に漬け込んで観察したり等するという、凶暴な存在である。命の次に刺身包丁を愛しているような人々だ。

菊本さんは、そのような相手に対して全く臆せず堂々と、しかも開店前の小忙しい、最も心を閉ざしているであろう準備中の時間帯に突如として現れ、言葉の出刃包丁でずっぷしとその心を突き刺して見せたのだ。なんたる鮮やかな手際だろうか。

菊本さんが芸人として生きていたのなら、どれほどの高みまで上り詰めたのだろう。一度、高座を聞いてみたかった。起訴されれば裁判所でお目にかかれるかも知れず、その時に、どのような音で、リズムで、言葉を発していくのか、寄席芸大好き人間として、勉学への思いは尽きない。

親戚の元調教師とは誰か

さて、上掲の記事によると、菊本さんは、実在する元調教師の名刺を持ち歩き、カモたちに配っていたという。いったい誰の名を自称していたのだろう。

武豊騎手の親戚で調教師といえば弟の幸四郎氏だが、まず現役だし、72歳が40そこそこに扮するのは無理がある。同じ理由で昨年開業した武英智調教師(38才)も不可能だろう。年齢を考えれば、父でありターフの魔術師でもあった武邦彦氏の名前が真っ先に思い浮かぶが、既に鬼籍入りしているからこれもダメだ。残るは、武英智調教師の叔父、武宏平元調教師である。邦彦氏の従兄弟にあたる。

武宏平氏といえば、障害競馬である。500万下のクラスを消滅させたり、未勝利戦を1Rに持ってきたりと、何かと縮小傾向が著しい障害競馬界にあって、その灯を消させぬよう管理馬を次々と障害レースに送り込んでくれた、障害ファンからすれば救世主のような調教師さんであった。彼がメルシーエイタイムを育ててくれなければ、オジュウチョウサンが日の目を見るような世界は存在しなかったかもしれないのである。時の運に恵まれず、邦彦氏や豊氏、幸四郎氏のような話題性には欠けており、 宏平氏の家系は、 弟の永祥調教助手、その子の英智氏ともども、武一族の光と闇、陽と陰、などと比較され、影の一族などと揶揄されていた時期もあった。しかし宏平氏は障害以外でもスリーロールスで菊花賞を制すなど、堅実な活躍を見せていた名伯楽であった。

菊本さんは、影、という印象付けからダーティなイメージを抱き、武宏平氏を名乗っていたのだろうか。顔が宏平氏に似ているのであろうか。いや単純に、競馬に明るくない人でも名前だけは知っているトップジョッキー、武豊の親戚、というところを詐欺ネタの掴みにしていただけかもしれない。もし豊騎手が引退していたら、福永祐一騎手の叔父である福永甲元騎手の名前で活動を始めていたかもしれないし、成績的には完全に落ちぶれている柴田善臣騎手が大復活すれば、叔父の柴田政見元調教師として寿司屋にふらっと現れたかもしれないのだ。

もっとよく調べてから書きましょうね。そうですね。

さて、ここまで憶測で語っていたが、よくよく調べてみるとはっきりと成りすまし相手の正答が出ていたのだった。

「武豊騎手の馬が勝つ」元調教師かたり詐欺 実際はレースもなし(京都新聞)

記事中にはっきりと武宏平氏の名前が出てきている。さらに調べてみると、再犯であったこともわかった。

数年前に「武宏平」元調教師を名乗り詐欺行為を(Yahoo!知恵袋)

菊本さんは屈しない。何度だって蘇る。公権力に負けず、出所したらまた自分の話術を巧みに駆使して、力強く人生を歩んでくれるに違いない。再犯を繰り返すたびに、被害情報が拡散し、カモのガードもどんどん固くなって、騙しにくくなってくる。まるで戦えば戦うほど敵も強くなるTVゲームのようだが、菊本さんがどこまで頑張れるのか。持ち前の肝っ玉と言動で、蔵が建つか、城が建つか。出所後にきっとまた挑戦してくれるだろう。

再犯で実刑、出所時は何歳だ??

出所後の将来より何より、いま、その口芸を拝見拝聴したかった。残念だ。犯罪を助長しているようで恐縮だが、これだけ人の心を動かせる話芸があるなら、絶対に役立つことがあると思うのだ。パワハラやいじめだって、武術か話術で確実に乗り切れる。後進を育て、講師料を貰う生活を模索していたなら、もしかしたら裕福に暮らしていけたのではなかったか。

騎手&調教師「この関係」を知ればガンガン勝てる! 当印 [ JRDB ]


労働階級からの解放を志し、収入のアテもないのに突然脱サラ。後先考えないその姿勢に後悔しきり。

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