治療法不明の謎細菌による感染拡大を防ぐため、2020年2月29日から無観客開催となっている中山競馬。その初日、第11Rで一番人気馬サンアップルトン(牡4/父ゼンノロブロイ/中野栄厩舎)に騎乗した柴田善臣騎手(53歳/東/フリー)は、中団から三四角にかけての大外まくり、という王道競馬で人気に応え、しかし応援するファンが誰一人いないなかで、今年の4勝目を挙げた。

御年53でまさかの初体験、客の有無に心象は
JRA現役最高齢騎手として、様々な出来事を経験してきた柴田善騎手だが、さすがに無観客競馬は初体験であった。屋内照明が消えたスタンドを前に、そしてその鉄柵に誰も手を置くことがない状況下でレースを進める。騎手の業務内容としては、特段なにも変わることはなかろうが、柴田善騎手が抱いたであろう心持ちの変化は気になるところだ。
特に、メインレースを勝利した今である。何かある種の異様さ、もっと言えば物足りなさ、といったものが、柴田善騎手の心にモヤモヤと渦巻いていたのならば、ファンの存在意義は大いにある。しかし、もしも彼が普段通り飄々と、翌日のレースとその後の余暇について思いを馳せていたのならば、通常開催日に朝から並んでいた彼のファンは空しかろう。
まるで、現地に行く競馬ファンは、馬を生で見ることそのものが好きだという動物園利用者的な存在、もしくは極端な話、その場の空気感に触れるだけで大満足といった程度の一体感を求める大衆的な存在であるべきだ、と鋭く突き付けられたような感覚に陥りはしないか。
ややもすると、パドックを彩る馬名や騎手名の横断幕などは、あろうが無かろうが全く騎手の心を揺さぶらなく為りはしまいか。横断幕は、ファン同士の承認欲求を満たすためだけに作られた布ということになり、それは自慰行為の副産物に過ぎない。そうであれば勿論、騎手や馬の姿を捉える一眼レフや、その傍らにあるであろうシャッターに指を置いたファンの視線などは、馬はおろか厩務員や騎手等の関係者、誰の目にも気にも留められることはないのかもしれない。G1レースのファンファーレに合わせて鳴り響く雄叫び、ゴール前に舞い散るはずれ馬券、今まで我々のような人々が演出してきた全ての現象に、馬と騎手と、装鞍所その他で控えている関係者の面々は、全くの無関心であったということになる。
柴田善騎手の内心はわからないが、いくつか他の騎手によるコメントが報道されている。
関東の30代騎手と20代騎手、そして調教師のコメント
JRA初の無観客開催「違和感ある」 競馬場に蹄音だけ響く(スポニチアネックス)
既に無観客競馬を体験したことがある外国人騎手が動じないのは当然として、注目すべきは柴田善騎手の可愛い後輩たち、日本人騎手の二人である。コメントをまとめると、「パドックその他には違和感を覚えるが、レース中は静かなくらいで特に変わらず、通常どおり」といった内容だろうか。つまり、ちょっと違うな、と感じるけれども騎乗にあたってはほぼ影響がない、ということだ。もっと言えば、客がいようがいまいが、そのレースへの執念や競馬への情熱は変わらない、ということで、さらに追及すると、客なんていなくても競馬は成立する、と高らかに宣言されたともいえる。
騎手の思いは
丸山元気騎手(29歳/東/根本厩舎)の「苦笑い」に言外の意味を感じ取るのは難しい。ともすれば、「別に、客なんて関係ねっす」とでも言っているかのように捉えられかねない状態である。田辺裕信騎手(36歳/東/フリー)に至っては「返し馬では普段より落ち着く馬がでるかも」と、さも好材料を得たかのような物言いをし、まるで現況を快く受け入れているかのような様相を呈している。最後に「無事に再開できるようになって」と付け加えているが、その文言が読者の心へ、どの程度まで深く刺さってくれるかは疑問だ。
調教師による満点回答は
さすがに調教師ともなれば、厩舎の長であり、経営者のような存在でもあるから、視点も高く視野も広いし、冷静だ。上述の丸山騎手と一緒に一番手で決勝線を駆け抜けた馬の管理調教師である中川公成師(57歳/東)は、ファンの声援が無いために「勝った気がしないね」と言ってくれた。「でも、我々がやることは同じ」、と続けられた文言も良い。つまり、ファンがいようがいまいが、スタッフは馬の調教に手を抜かない、ラーメン二郎じゃないんだから、飼い葉も仕上げも決してブレない、と言っているわけだが、この言葉には、「馬はどうか知らないけどね」という隠し味が効いているのである。「本番、誰もいないところで走らされる馬たちは、どうなのかね」、とまで噛み砕く必要はないかもしれないが、とにもかくにも、ファンは嬉しくなるだろうし、早く細菌問題が解決して欲しいと願うだろうし、規制が解けたら我先にと開催競馬場へ殺到するだろう。
報じ方による惨劇を一つ
余談だが、報道に潜む悪意について考えてみたい。上掲記事と同じようなものをフジサンケイグループが綴っているが、その内容は恐るべきものであった。
無観客の中山競馬場 丸山騎手「声援なかった以外は一緒」(サンスポ.com)
まず丸山騎手のコメントに、「勝ったといううれしさは同じです」と付け加えられている。本当に発言したのだとは思うが、これは宜しくない。声を嗄らして熱い応援を繰り広げているファンが大勢いようと、一人も居なかろうと、勝利の興奮は変わらない、と言い切っている。常識的な感覚では、勝利の喜びを祝してくれる人々が多ければ多い程、その高揚感と多幸感は上がっていきそうなものだが、丸山騎手はそうではないらしい。自身の結婚披露宴は無観客でも一向に構わないということになる。
「結婚披露宴は他人に見せるために開くものだから大勢の祝福客がいるべきだけど、競馬は自力で頑張る勝負事だから、例えが違うよ」という反論がもし来たとすれば、それこそファンの面に臭い唾を吐きかけるようなものだ。「競馬は他人に見せるために開くものではない。自分が勝つため、つまり馬主たちに賞金を稼がせ、そのお零れに預かるためだ」ということになるから、ファンはより深く悲しむのである。
スポニチでは満点に近いコメントを残していた筈の中川師も酷い。先制リップサービスとして効果的であった「勝った気がしないね」が丸々と削除された挙句、「僕としては普段の勝利と変わらない」と、全く矛盾した文言を述べてきたのである。これは丸山騎手と同様、客が居ようが居まいが勝利の美酒は同じ味、という酷くお粗末なコメントだ。
第三の報道機関に頼るも、答えは出なかったが・・・
スポニチとサンスポ、どちらの中川師がホンモノなのか。経営者とは皆こういう人々なのだろうかと、たくさんの労働者が絶望しかねない程に温度差があるコメントである。もう一紙見てみよう。
JRA 戦後初の無観客競馬を3競馬場で施行 内田博幸騎手「レース後に帰ってくるときに祝福がないのが寂しい」(スポーツ報知)
天下の読売グループ、スポーツ報知の記事では、丸山騎手と中川師のコメントが共に大幅に要約されている。やることは同じ、という内容に終始し、勝利の印象については一切語られていないのだ。これでは中川師の真相がわからない。
しかし、収穫もあった。見出しにもある通り、報知では内田博幸騎手(49歳/東/フリー)のコメントが大きく取り上げられていたのだが、その内容はファンに向けて重きを置かれた、いい塩梅のものであった。静寂に包まれたパドックについての印象は丸山騎手や田辺騎手と同じだが、レース後の「祝福がないのが寂しいね」と続けており、スタンドで身を乗り出すファンが全く居ないことは大きな負の要素である、と明示してくれたのである。
さらにとどめの一撃とばかりに、来場が叶わなくなったファンたちは「テレビ画面の向こうで応援してくれている。頑張るしかない」と述べて締めくくってくれた。記事を目にする人々の多くは、全国の競馬ファン、ないし競馬ファン未満の一般人なのである。まずもって一般庶民の数が競馬関係者数の比ではないのだ。内田騎手は目先の勝利や調教師、馬主を超え、その先の競馬ファンを確実に見据え、なおかつ、競馬に興味を持つかもしれない一般庶民の心を掴むべく、気を使っている。ベテランの心強さは、こういったところにもあるのかもしれない。
東のベテランに呼応するか、西のベテラン、残念!
ベテラン騎手といえば、西のダービージョッキーが奇しくもこの無観客開催のさなかで引退したのだった。
四位騎手が観客不在の引退式「またウィナーズサークルに帰ってこられるよう頑張りたい」(スポーツ報知)
柴田善騎手より6歳も若く、600個も勝ち星が少ないなか、G1については彼の1.5倍以上もの勝ち鞍を手にしてきた四位洋文騎手(47歳/西/フリー)。数多くの栄冠に輝いたスター騎手であったが、無観客でも平然と引退式を挙行するあたり、ファンサービスの欠片もないことが透けて見える。しかし、何よりもその発言内容が失笑ものであった。
氏の騎手人生は、「関係者の方や仲間に会えて、幸せ」なものであったらしい。コメントの通り、残念ながら幸せの小さな一因としてすら、ファンの気持ちが入り込む余地はなかった。落胆する四位騎手ファンを慮ってか、「本来ならファンのみなさんの前であいさつをしたかった」と言葉を紡いだものの、舌の根も歯も唇さえも渇かぬうちに「29日を区切りと思っていたので、わがままを言わせてもらいました」と言ったのだから呆れてしまう。
ファンに向けて挨拶を「したかった」と、これぞ我儘、という希望を言っていた筈なのに、自身が勝手に決めた「区切り」とやらの29日に引退式をやりたい、という「わがまま」の方を通しているのだ。つまり、ファンと交流したいという気持ちは、自分の無粋なけじめ以下のものでしかなく、彼にとってファンとは、ただの暦にすら勝てないほどの小さな存在でしかないのだった。
現地ファンって、そんなに大事じゃないのかね?
繰り返しになるが、この世には競馬関係者よりも、競馬ファンとなり得る者の方が圧倒的に多いのである。多勢に無勢だ。せめて一般大衆の目に触れるコメントには、最大限、ファンのことを考えて欲しいものだ。今までは、ただただ真剣なレースを魅せることでもって、多大なるファンサービスを行うことが出来ていたわけだが、それが画面越しでは難しい。印象はどうしたって弱くなる。だからこそ小さな紙面記事でも丁寧に、競馬ファンと庶民を魅了して欲しいのである。
細菌騒ぎが収まってみたら、「ネットで買えるしそれでいいや」と競馬場がガランとしている。それでいいのか。場内テナントの撤退、警備員の解雇、といった事態がじわじわと競馬界を縮小傾向へと追いやって行かないか。ひいては競馬関係者の減少へと繋がって行きはしまいか。経営上、それが良いのであればもう仕方ないが。ファンは黙るしかないのかもしれない。
もし、柴田善騎手がコメントを求められたとしたら、何と言っただろうか。