博多弁の刑事が、三河弁訛りの先輩刑事や、流暢に標準語を使いこなす後輩刑事と共に、駿河地方の警察署で大活躍し、エンディングには広島弁の歌が流れる、とにもかくにも会話の内容を理解しがたい名作、それが「刑事物語」である。ヒロインが聾唖者であるが、そんなものは問題でない程、とにかく日本語がよくわからない。
序盤と終盤に現れる突然の字幕にびっくり。中盤の方がわからんち。
娯楽作品だけあり、会話の詳細は聞き取れなくてもシナリオの展開にはついていける。多くの台詞は、登場人物の個性を彩る味付けに過ぎない。聾唖者には字幕が付いたり付かなかったりするが、率直にいって字幕は邪魔なだけであった。あんなものを必要とする視聴者は早々に切り捨てた方がよい。
ばかちんが、のちんは何のちん?
当時普及していなかった物言いを使うと、武田鉄矢プロデュースとして成立したこの作品は、金八先生で芸能界に返り咲いた武田氏に付きまとう、愚直な聖職者のイメージからの脱却を目指していたことが推察される。行き着く先は愚直な正義漢である。一見すると同じような役柄だが、あくまでも「漢」であることにより、その性質は大いに異なる。武田氏が演じる刑事物語の主人公・片山元は純朴な男であり、ノリに乗ると暴力を振るいすぎてしまう程の熱血漢だが、しかし所詮はオトコであり、情けなく意地汚い面がある。女は俺が守る、という頓珍漢な価値観で行動し、一人寂しく寝台列車の布団にうずくまる32歳男児は、愛に飢え、乙女に恋する不器用なオトコであった。ガサ入れに入った風呂屋で出会った耳の聞こえない遊女を、運命の人と見誤った挙句、公私の別をわきまえずに引き取ってしまうほどの、愚直かつ不器用かつ意地汚いオトコなのである。
その人物像には、聖職者の欠片も見出すことができない。しかし、これが武田鉄矢氏の理想的な男性像であった。彼が描いた主人公は、正しさに憧れ、徒手空拳の修練を欠かさない。世のため人のための立身を目指すが、大抵はダメで、恥をかいて、惨めで、しかし信念があり、情欲に弱く、涙もろい。
ハンガー拳法炸裂、その前に
正義漢・片山元の最も情けなく、オトコらしい場面は、映画のラストではない。その数日前、ソープランドへの潜入捜査である。
その場で片山は、純朴かつ不器用な漢らしく、性行為をする前に、遊女に聞き取りを始めてしまい、数分と待たずに刑事であることを見透かされてしまう。片山は言う。「料金ちゃんと払いますので」。遊女は怒る。当然であろう。お金は性行為の対価として貰えるもので、性行為をしていないのに金を貰うというのは、もはや物乞いと同じである。遊女はそうは言わず、「払うなら真面目に本番やりなさいよ」と片山の顔面に脱ぎたての下着を放るのだが、片山はその挑発的行為に憤り、遊女を貪りだす。
ここまでは良い。当然である。据え膳食わねば、とは若干異なる状況下ではあるが、そうまで言われたら頑張ってしまうよオトコは。問題はこの直後である。
布団に押し倒された遊女から「刑事さんだって、人間だもんね」と皮肉られたことに対し、「だから辛いんです。俺だってあんたみたいな綺麗な人抱いてみたい」と応じ、何を血迷ったか、続けて「俺の惚れてる女、昔、貴女と同じ商売やってたんです。でも俺が今でも指一本触れると、大きな声出して嫌がるんです。つらい思いばっかりした、耳の聞こえない、本当に可愛そうな女なんですよ」と語ってしまうのだ。眼前の遊女を抱きしめながら、恋人への気持ちを吐露するのも相当だが、挙句の果てに、遊女の境遇について、当事者を前にしていることを気にも留めず「つらい思いばっかりした」「本当に可愛そう」と断じてしまうのである。「そういう話は嫌いよ」とバッサリ切り捨てられたのは当然だが、片山はそのまま性行為に没入していく。情欲に翻弄されるオトコのダメな部分が如実に顔を出してしまう、脱金八を志した武田氏が最も演じたかった場面ではないだろうか。
笑えるし泣けるのに、惜しいところが惜しい
この映画は、海援隊のボーカルを務める武田という人が片山蒼というペンネームで脚本を書いている。元来シナリオライターではないので、粗もあるし無駄も多い。特に、白美社というクリーニング屋が怪しいと知っていながら、張り込み先のアパートにそのクリーニング屋のワゴンが到着したのを確認したのにも関わらず、一切動かず、誘拐が発生してから、遅かったか、やられた、しまった、等と後を追う展開はチープに過ぎる。
また、障碍者と見做される人々に対して、健常者と自負する人々が思いがちな感情や態度、具体的には、可哀想、守ってあげたい、といったものが、如何に的外れであるか、ということを主張したそうな雰囲気があるが、成功しているとはいい難い。恐らくは、ヒロインを取り巻く周囲の描写が足りない。
わが子に日本風俗史を教えるチャンス
しかし、愚かな漢を奔放に描いたこの物語は、主人公から田中邦衛氏に至るまでの人間的個性でもってその全てを飲み込み、夕陽と共にきっちりと纏め上げている。心から薦めるが、主軸が風俗関係、特に女を薬漬けにして売春させる組織との戦いとなっているので、ご子息等とは共に観辛いことが玉に瑕である。
いや、あえて自慢げに、「劇中で、トルコ風呂、っていうのが出てくるだろ?これが今でいうソープランドで、この映画が公開された数ヶ月後に、トルコ人留学生からの猛抗議があって名前が変わったんだよ」と丁寧に説明してあげるのもいいかもしれない。さっすが、自分の親は博識だぜ、と地域中にアピールでき、模範的な保護者になれるかもしれません。