今年の九月には晴れて20歳到達となるであろう、かつてボートレース界最年少選手の二つ名を欲しいままにさせられていた生田波美音選手(124期/19歳/B1/東京)。デビューから三年が経とうかというなかで、まだA級到達の夢は叶っていないのだった。
もし競馬の減量騎手であれば、かなり不味い状況。
それどころか、昨年はF欠場や白服での連敗など前半から精彩を欠き、夏ごろに一号艇での連敗は18で止めたものの、その後は逆に一号艇以外ではさっぱり勝てなくなり、終わってみれば年間の勝ち星としては一昨年を下回る結果となってしまった。

上表の通り、ボートレースを取っ付きにくくしている特殊な計算式による「勝率」こそ、デビュー年から順当に上昇しているものの、三年目にして二桁勝てなかったのはA級を志すには心許無さすぎる。
下積み三年、そろそろ大役が回ってきても……
今年、2022年こそ頑張らねばならぬ。そう思ったかどうかは勿論定かではないが、年始のレースから生田選手は頑張っていた。節間二勝。しかも一日二回走りをピンピンの連勝は、自身初の快挙であった。
2022年1月15日、岡山県のボートレース児島では、ヴィーナスシリーズ第18戦「第11回クラリスカップ」の開催五日目が恙無く執り行われていた。
この日までに生田選手は六回走り、5、3、4、5、3、4着と、光り輝くヴィーナス候補たちを影で支えるような、脇を固める立ち回りを披露していた。初日の一走目は3コースからの捲り差しを敢行するも引き波を超える力が足らずに失速、二走目こそ最初の1マークで小回り旋回よろしく差し抜けた筈が、2マークでA1選手に本物の小回りたる急旋回を見せつけられ、次の1マークでは先手を取られて、手中に収めた筈の勝ち星をこぼした。その後は持ち味ともいえるやや雑だけども豪快ともいえなくもない走りっぷりで3着争いを演じる等し、舟券師たちを沸かすも、やはりヴィーナスたる存在感には欠け、B級にお似合いの脇役っぷりであった。
五日目の今日に至っても尚、この陰日向なく脇で咲く活躍を続けるのかと舟券師たちに思わせておいてからの、2コース捲りに5コース捲り差しという、壮絶な裏切り勝利をお見舞いしたのだから、生田選手はわからない。ムラッ気と断ずればそれまでだが、ピンピンの連勝など、果たしてどれほどの人々が確信していたであろうか。
一走目は確かにチャンスがあった。
いや、実のところ一走目はスタートさえ決まれば勝ちうる面子ではあった。

オールB級という日程終盤の1Rらしいラインナップ。元A級の選手もいるが、生田選手より後輩のB2級も2名いて、節間で勝ち星を手にした選手は一人も居ないという、非常に低調な面々であった。生田選手はこれまでしょっぱくも積み上げた全19勝のうち、2コースから2勝を挙げているしのである。
……あれ、重くない?
ところで、出走表記載の体重表示を見てお察しの通りだが、生田選手はこのところ40kg台での出走が叶っていない。三節前の2021年11月1日に49.9kgを記録したのが最後で、以降は50.5kg前後で推移、年末最後の出走となった前節の12月27日には、とうとう51.5kgを記録してしまった。そして迎えた今節も、開催五日目の本日まで51kgを一度も下回ることがなかったのである。
これは決して生田選手の怠惰、慢心、自覚の無さの表れだとか、同支部の未勝利女王、白石有美先輩に憧れての増量だとかではない。明らかな成長分である。デビュー当時の生田選手は身長165cmで登録されていたが、現在の選手情報では1cm伸びている。たかが1cmと侮るなかれ、女性でありながら16歳から19歳にかけて更に身長が伸びたということは、それ以外の女性らしさたる部分こそ確実に成長したということが容易に推し量れるのである。体重増も致し方ないのだ。
一般的に、体重がある選手は当然にボートの取り回しが鈍くなるわけで、最高速度もあまり望めず、重ければその分だけ不利の一辺倒だと思われがちである。しかし実際には、重量故に生ずるパワーによって多少の波浪を圧し潰したりすることが出来るので、有利な点も無くはないのだ。こと、今回のような軽い人々が多い女子戦では、その体重差が理想的状況を産むことがある。
スタートを切る前、既に重い体の有効成分がじわじわと。
ボートレースにおいては、待機行動中、つまりピットを出てからスタートラインを切るまでの間は、エンジンを切ってはいけないことになっている。自動車のようにクラッチを切ることが出来ない構造上、エンジンのアイドリングは直接プロペラに伝わり、エンジンがかかっている限りボートは推進力を得続ける為、待機行動中のボートは、レバーを一切握っていなくとも、少しずつ前進していくことになる。AT車におけるクリープ現象による走行と同様に考えてよい。
さて、加速してスタートラインを切るという独特なスターティング形式であるボートレースにおいては、加速できる距離が長ければ長いほど、最高速度近くでスタートを切ることができるから、待機行動中の前進は全くの無用なのだが、規定上、防ぐことが出来ないのだ。
ここで体重差が影響してくる。重ければ重いほど速度が落ちるということは、待機行動中の不要な前進も、重い選手の方が有利ということになる。軽い選手の艇はアイドリング程度の出力でもスルスルと前へ進んでしまうが、重い選手の艇は水中にしっかりと艇を押し付けている為ズブズブじっくり、ゾロリゾロリとすり足の如く進みつつあるだけになる。
ここでようやく生田選手の一走目に話を戻すことが出来るわけだが、一号艇の選手は調整重量含めて47kgのところ、我らが二号艇生田選手はそれよりも4kg以上も重たいのだから、待機行動では間違いなく有利なのだ。これでスタートさえ先行すれば、お得意の直捲りがさく裂することは、予想できる範疇なのである。

その様は、画像を見れば一目瞭然だろう。先にスタートラインへ舳先を向けた一号艇がズンズンズンズンと前へ進んでいくなか、生田選手はその遥か後方、彼女より後で舳先を返した三号艇とほぼ並走状態なのだ。ここからの加速となれば、一号艇にとってはアウトコースのダッシュ勢が間近に迫っているようなものなので、恐るべき脅威となる。


そして、生田選手はものの見事にトップスタートを切った。唯一の0.0秒台、外の三号艇が大きく凹んでいるので印象が薄く見えるが、一号艇とは.08秒もの差が付いている。さらに、重量の差がもたらした加速路の長さが直後に効いてくるのだから、あっという間の捲り旋回は当然の帰結であった。
スローコースの生田選手は、女子戦においてはスタートさえ全速で踏み込めれば何とかなってしまう、ということが理論的にも実際的にも明らかとなった瞬間であった。
もう今日は勝たないだろうな、と思わせての二走目。
さて、問題は二走目である。今度は五号艇で、内側には地元の大ベテランも君臨していて、凡そ出番の無さそうな組み合わせなのであった。

一号艇と四号艇がA級選手。特に四号艇は地元の押しも押されもせぬA1女子で、このレース場での勝率は実に8.34という女王っぷり。今節も七回走って五回が1着という素晴らしさであった。
流石にこれより外では如何ともしがたい。体重差による待機行動での有利は、スローコースでこそ効果的であるものの、ハナから長い加速路を確保できるダッシュコースでは何の利も無いのだ。
唯一の勝ち筋としては、展開の利を願うことだ。即ち、絶好のスタートを切った四号艇について行き、そのまま岡山のA1女王が捲りに行ったところを、A級の意地として守り切ろうと膨らんだ一号艇が空けた内に向かってブッスリと差し込む、という展開が生じることを願うのである。勿論他にも、一号四号共にエンストとか、何かアクシデントが生ずればどうにでもなろうが、まともに火花を散らし、正面から正々堂々戦うのだとすれば、勝てる方策はこれくらいだろう。
果たして、その通りとなった。


昇り調子にあってはトントン拍子で絶好機が続くもので、まさに願ったり叶ったり、欲しかった展開がそのまま訪れたのだった。四号艇が0.08秒のトップスタートなら、生田選手もそれより僅か0.01秒差の好スタートでピタリと合わせていったのだ。


内側の三艇を一気に飲み込まんとする岡山の女帝に、東京の三十路A級が果敢かつ無謀にも抵抗を試みる。そして、その影響で開いた懐に赤と黒の二艇をすっぱ抜いて生田選手が差し込んでくるという、あんなこといいなできたらいいな、と思い描いていた状況が突如として実現してしまったのだ。三連単は289倍、二連単でも45倍をつける波乱の決着であった。
今年は20勝くらいしませんか。
運にも恵まれ、勝利の女神が庇護してくれていた雰囲気さえ漂うものの、生田選手は、ボートレーサーとして初めて迎えた寅年で、初おろしのモーター制御に苦しみながらも、何か大きな手応えを掴んだようにも写る、ピンピンの連勝を成したのだ。賞レースからの脱落が続いているのは残念だが、最終日の一般戦も、50kg超のB1女子というレッテル貼りで侮るのは、避けた方が無難である。