毎年のことながら、桜の開花直後から関東地方の天気は崩れ始める。暴風、雷雨が数日続けて襲い掛かり、満開になった途端にその花弁は乱暴にも叩き落されるのが常であった。2023年の桜花も、未だ雷こそ轟かぬものの、似たような状況下にさらされていた。春雨は三日も降り続き、少し止んだと思わせては渦を巻くような大風が地表を叩く。分厚い雲と降りしきる雨が去らぬまま週末に至ってしまい、花見に興じよう等という者は本物の酔狂しかいない。寂しい土日であった。それでも花々はいじらしい程に逞しく、その白桃色を懸命に維持していた。

雨が降ろうがストがあろうが、雪積もらねば競馬はやる
2023年3月26日、当然だが不良馬場での開催となった中山競馬に、我らがJRA最年長騎手にして、黄綬褒章の受章者たる柴田善臣氏(56歳/東/フリー)は参戦していた。新馬を含む全四鞍と、相変わらず安定した数の乗り馬が提供されている。
新馬といっても新馬戦ではなく未勝利戦。新馬とは乗り馬のことで、一緒に走る同い年の他馬たちの殆どは出走経験があった。柴田善騎手とデビュー馬は、馬体か出自か何らかの評価で三番人気にまで推されていたものの、出走経験の差と気性の荒さが絶妙に悪影響を及ぼし10着に惨敗してしまったのは、天候も相俟って哀れであったが仕方がない。
実力確かな騎手が人気を裏切ったら、次走は狙い目
出色だったのはその次戦、第6Rの3歳1勝クラスであった。柴田善騎手が手綱を取ったのは、あのビルカール(牡/父ミッキーアイル/東・水野厩舎)である。氏が保持する前人未踏の大記録、中央競馬最年長勝利記録を達成に導いてくれた僚馬、あのビルカールだ。

記録達成の立役者ビルカールのその後は、上掲の通り、所謂クラスの壁にぶち当たった感があり下位入線が続いたものの、直近の3月4日には十三番人気の低評価を大きく覆す2着入線と、突然の成長ぶりを見せつけてくれた。柴田善騎手曰く、キックバックに慣れたということらしいが、歯噛みした馬券師たちは多かろう。

そして、同じ中山のダート1200mで迎えた同じクラスの、しかし前走と異なり完膚なきまでの不良馬場で行われることとなった一戦が、本走であった。期待を背負って当然かとも思われたが、単勝オッズは12.4倍の七番人気に留まり、前走の先行粘り込みからの二枚腰2着という力強い内容が、ややフロック視されてしまったようである。
好走実績と馬場状態を天秤にかけて馬券を買い、いざ
しかしながら、とにもかくにもレースは始まった。好スタートから先団に取り付いたビルカールと柴田善騎手は、泥ッパネを避けつつ進路を確保して4,5番手あたりを追走。馬場の悪さは全く苦にしない様で、デビュー以来スピードの出やすい芝のレースに参加したことすら無かったのにも関わらず、道悪ダートが可能とする速めの流れにも難なく対応。三角四角と好位を維持し、このまま直線へ向いて突き抜けるかという勢いがあったが、そこは春の道悪、恐るべき危険も迫っていたのだった。
新人騎手、制御できず
そろそろスパートを、というあたりで、コーナー内側にいた新人騎手の乗る馬が外へと馬体を振ってしまいったのだ。それにぶつけられる形でその外の馬、の外の馬、の外の、と将棋倒しよろしく順番に馬たちがよろけ、最終的に最も外に居た柴田善騎手とビルカールが全ての負荷を受けとめる形となり、大長老はあわや落馬寸前の大きな不利を被ってしまったのである。




上掲の画像群から一目瞭然だが、もし落馬していれば馬場状態も相俟って大変な事故になる可能性があった。この時期の平場は、新人騎手が多数参加しているし、さらにこの気候による人馬の視野狭窄、馬場が齎す脚部不安と、落馬事故への危険因子がジクジクと赤黒く、発熱を伴って大きく膨らんでいる状況下にあるのだ。
気を取り直せる強いメンタル、天晴
なんとか最大の危険を乗り切った柴田善騎手、そしてビルカールは、直線へ出てからは何事も無かったかのごとく逃げ馬を猛追。並びかけ、そこからは終始優位を保ったまま、アタマ差で最も先にゴールラインを切った。繊細で神経質なサラブレット種にあって、アクシデントに動じぬ強い精神力を示してくれたビルカールは、これでまたもやJRA所属騎手の最年長勝利記録更新に貢献してくれることとなった。柴田善騎手、56歳7か月27日での勝利記録保持者が誕生したが、この数字はまだまだ氏によって塗り替えられるものと思われる。
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