とうとうこの日がやってきた。度重なる負傷から現役続行に懐疑的な見方をする者も多くあったであろうことが容易に想像できる状況の中、先月にようやっと今年の初勝利を挙げることが出来た柴田善臣騎手(56歳/東/フリー)が、不死鳥と呼ばれた男が持つ大記録を更新してみせたのだ。

東の田舎、開幕週の福島で朝イチ激戦。
2022年11月5日。前週から引き続いて三場開催となっている中央競馬だが、東でも西でもない、所謂ローカルと呼ばれる第三場は、本日より新潟から福島にバトンタッチされていた。実に7月以来となる晩秋の福島開催、その開幕週の初日であったわけだが、その第1競走、地元競馬師たちが待ちに待った幕開けのレースで、柴田善騎手は自分より30歳も若い騎手相手に叩き合いの激戦を繰り広げ、本年の2勝目、しかし大望つまった光り輝く勝ち星を挙げたのだった。
中央競馬におけるレースの全てを知る男、その証。
JRA最年長勝利記録。これまでは、馬優先主義を日本中に知らしめた伝説の騎手による2943勝目がその記録とされていた。時は2005年1月23日。当時その騎手は56歳と2か月23日であった。この日の柴田善騎手はといえば、56歳と3か月6日であったから、その差は微々たるものではある。しかし、中央競馬の騎手界においては前人未踏の領域にただ一人辿り着いたという客観的事実は、鑑みれば鑑みるほどに偉大さを感じさせてくれるものだ。そういう類の珍味のような勝利記録、と記すとなんだかちゃっちくなるので避けたいところだが、騎手人生が長期に渡ることで、騎乗技術もそれなりに味のあるものとなっていくことは、また事実であろう。
大記録達成の立役者は、柴田善騎手の長い長いキャリアとは打って変わって、今夏デビューしたばかりの2歳馬、ビルカール(牡/父ミッキーアイル/東・水野厩舎)であった。デビュー戦でも柴田善騎手が手綱を取り、15頭立ての九番人気と下位評価ながら、レースでは中団から運んで6着入線となり、馬券師的な目線ではパッとしない結果だったものの、可能性を感じさせる走りではあった。夏場に小気味よくレースへ使われたこともあり、本走が5走目となっていた。新馬戦で454kgに過ぎなかった馬体重は、徐々に増加して484kgまで増え、貫禄ある大人の牡馬として見栄えの良い恰好にまで成長している。
短距離ダート未勝利戦、というと小粒だが。記録は魅力。
レースは1150mのダート戦であった。1000でも1200でもない、福島独特の1150という中途半端な距離を走らされるこのコースは、発走地点が芝となっている。柴田善騎手の庭とも称される中山ダ1200mと同様、内より外枠の方が芝生の上を長く走れるコース形態だ。
発走と共にやや内へとよれてしまったビルカールだが、行き脚良く先行したことで不利を与えた印象を払拭し、ダートへ入っていく。

短い道中では先頭から二番手の位置まで迫っていき、外から逃げ馬にプレッシャーをかけ続ける。

そのまま直線へ、つまり勝負所へとなだれ込んでからは、朝一から馬券ファンを盛り上げる迫真のマッチレースを披露する。

ゴール板までの残り50m付近までは逃げ馬が粘っており、このままの決着かと思わせてからの、最後の最後、残り僅か3m程度の地点で柴田善騎手とビルカールは逆転に成功し、クビ差での勝利をもぎ取った。

ローカル朝一らしい、さっぱりとした表彰。
この勝利で前途が大きく広がるビルカールと、ともすれば対照的に見られがちである最年長騎手の勝利記録だが、柴田善騎手は恐縮しつつも現役続行の可能性を宣言してくれた。以下にインタビューの全文を載せる。

ーおめでとうございます。
「有り難うございます。」
ー笑顔が見られますが、今のお気持ちいかがですか?
「そうですね、最年長ということで表彰式があるって、昨日、調整ルーム着いてから言われたんですけど、『まぁ、そのうち、ね、元気に乗ってれば、なんとかなるかなぁ』とは返事したんですけど、一つ目から達成できて本当に良かったです。」
ーその表彰の連絡があって、早速このレースを勝ちました。いかがですか?
「本当に、厩舎スタッフ。夏からちょっと乗ってる馬だったので、成長も伺えたし、凄くやっぱり厩務員さんとかが、ちゃんと育ててくれたんで、本当に有難いですね」
ーゴール前、接戦でしたけども、捉えられる自信はあったんでしょうか?
「馬の感じも良かったんで。4コーナー立ち上がりなんかのかき込みも良かったんで、少しもたれはしたんですけど、たぶんそれも今後よくなると思うんで。直線、まだゴール前まで距離があって、まぁなんとかなるかなって、思ってました」
ー今回の記録は岡部騎手の記録を塗り替えたかたちになります。これについてはいかがでし……
「いやいやいや!恐れ多くて。そんなそんな、ただ僕は、本当に、ただみんなに迷惑をかけながら、ここまで支えられながら、ここまで長く乗れて来てると思うんで。その数字だと思うんで。大した記録も達成できてないし。岡部さんには足元にも及びませんけど、少し、近づいたかな、という気がしますね。」
ーゴールした後、どんな声をかけられましたか?
「馬にですか?」
ー(馬から降りて)戻った時です。
「からかわれました、みんなに。お爺ちゃんお爺ちゃんって。まぁそういう言葉も聞き慣れたんで、今となっては。有難いですねでもね、みんな集まってくれて。」
ー2022年は、黄綬褒章の受章もあり、それから怪我からの復帰もありました。今年、ここまで振り返って如何ですか?
「そうですね…怪我が一番やっぱり、自分ではキツかったですね。その中で、春の受勲。頂いて凄く励みになりましたし、それに恥じないような行動をとらなきゃいけないということで、頑張ってきました。それで一つ、一つですけど、記録が達成できて、良かったと思います。」
ーでは改めてファンにメッセージをお願いします。
「沢山、迷惑ばっかりかけてますけど。もう少し迷惑かけるかもしれないですけど、温かい目で応援してください。今日は本当にありがとうございました。」
「馬にですか?」が先代最年長勝利騎手の遺伝子を感じさせる。
謙遜に満ちた、柴田善騎手らしい発言の数々であった。本日以降、氏は勝つ度にこの記録を更新し続けることとなる。こういったインタビューが毎回あるわけではないだろうが、最年長勝利記録のプラカードは、その都度あがり続けるだろう。記録はどこまで書き換えられていくのだろうか。注目してやまない。
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