近年で一番の猛暑となった今季だが、老体で鞭打つ生き字引、柴田善臣騎手(57歳/東/フリー)は、勝ち鬨こそ7月16日以来あげていないものの、無事是名人とばかり淡々と騎乗を続けている。もっとも、8月の乗り鞍は月数と同じ僅か八個に過ぎないから、勝ちはおろか馬券圏内に一つも飛び込めていないにしても、それをもって不調だなんだとは到底述べられようもない。むしろ、そのなかに重賞での4着入線が含まれていることを鑑みれば、相変わらず堅実な活躍を見せていると評価して良いだろう。

これから乗鞍は増えていくのか、八面六臂の活躍。
さて、いよいよ厳しい残暑を引きずりつつ9月度に突入である。柴田善騎手は最初の週末で土日合わせて六鞍と、8月の騎乗数に迫る数の乗り馬を確保していた。まさに酷暑をひっそりとやり過ごして十二分に充電してからのフル回転の構えといったところで、うち四鞍が土曜日、つまり2023年9月2日の新潟競馬場に集まっていた。
乗り鞍の数に比例するかの如く自身の腕も冴え渡り、この日の柴田善騎手は夏に溜めた鬱憤なのか体力なのか、何れにせよ大放電。まず第2Rで八番人気馬を逃げ粘らせて3着に残すと、続く第3Rで今度は更に人気薄の馬に跨り、逃げ馬を追いかけてバテさせないどころかアタマ差にまで迫り、一方で追いすがる一番人気馬は寄せ付けずに2着を守り切った。スローペースに落とし且つ後続を突き放さずに逃げる姿はまさに大ベテランの真骨頂といったところだし、連対した一戦は自分が新馬戦で乗っていた馬が一番人気となっていて、その特徴を把握していたのか、馬力の差を感じさせない堂々たる先行競馬であった。
まさに充実一途といった塩梅で迎えた第7Rでは、さすがに十二番人気馬を11着入線としてしまったが、中団から馬群のなかをするすると進み、四角を曲がり切る頃には先行勢にちゃっかりと入り込んでそのまま粘り込みを図る等、柴田善騎手の乗り味としては至って順調そうである。
メインレースはハンデ戦。57歳の52kg。
そして、満を持して迎えた第11Rは、3勝クラスのハンデ戦、古町ステークスであった。ダートコースを一周する距離1800mのレースである。柴田善騎手を鞍上に頂くのはラブリークイーン(牝5才/父ラブリーデイ/東・嘉藤厩舎)。氏を乗せるのはこれで三度目であり、これまでは外枠の不利をもろに受けての先行潰れや、先団から伸び足のキレなく全く抜け出せず、といった見どころに欠ける二桁着順が続いている。
その経緯が大いに影響し、今走のラブリークイーンは、手綱を握る柴田善騎手の体重が52kgまで減らされるというハンデを貰っていた。因みにトップハンデは57kgであり、柴田善騎手よりも重い騎手は出走15人中10人にのぼっていたから、ラブリークイーンの実力はかなり侮られていたと判断してよいだろう。馬券師たちもハンデキャッパーに追従し、十五頭中の十三番人気、単勝132.7倍という大穴牝馬として発走を迎えることとなった。
競馬の予想は難しくて楽しくて夢に満ちている。
しかし、馬の力と騎手の力が合わさってこその競馬である。レースは下馬評通りには運ばなかった。発馬機が開くとラブリークイーンは他のどの馬よりも素早い出足を見せ、10秒足らずで先頭に躍り出て、そのまま第2Rの再来を思わせる逃げっぷりを魅せる。



ここまでで慌てふためく馬券師は少ないだろう。珍しい馬が逃げたな、といった程度の認識が通例であり、四角あたりで力尽きて馬群に飲まれるのでは、と見立てる方が多いのではないか。ダート戦を嫌という程に見せつけられていた地方競馬ファンの中には、よもや逃げ切るか、と実に正確な予測を出来た人も居ただろうが…。
逃げ続けるラブリークイーンと柴田善騎手は、そのまま、向こう正面、三角、四角まで、後続との二馬身近い差を保ったまま走り切り、最後の直線を迎える。ゴールまで残り300m付近に至っても、まだ後続は伸びあぐねており、その差は一向に縮まる気配がない。一方で柴田善騎手は、鞭を抜くことすらせずに淡々と追っていた。
ここに至って多くの馬券師が目を見開き、舌を打ち、程なく天を仰ぐこととなる。ラブリークイーンは最終的にその熟れた尻へ一度も鞭を打たれることなく、尻尾をふりふり御機嫌な素振りでゴール板を通過したのだった。


騎手に大賛辞を。懐は大惨事に。
出足を活かした突然の逃げや、不要と判断するや一切の鞭動作を放棄する等、経験豊富なベテラン騎手らしさが遺憾なく発揮された好レースであった。
他方、その腕を軽く見た馬券師たちは大配当にありつけぬ口惜しさを味わうこととなっている。単勝万馬券もさることながら、二番人気に推されていた馬との馬連は四万馬券弱、馬単に至っては十万馬券だ。七番人気馬が3着に入って三連複は十七万馬券、三連単ともなれば百八十万馬券である。勝ったラブリークイーン以外は比較的買い易い面子であっただけに、悔しさは一入だ。騎手の存在が如何にレースへ影響を与えているか、痛烈に思い知らされたレースといえる。
最年長勝利記録の更新は続くが……。
柴田善騎手はこれで本年6勝目。奇しくも、2勝続けてのメインレース勝利となった。とはいえ、重賞勝利からはもう丸二年遠ざかっており、最年長重賞勝利記録の維持が危ぶまれる。めでたくオープン入りとなったラブリークイーンが、6歳ながら今後さらに一皮むけるか、期待して見守りたい。
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