昨年春の復帰以降、乗鞍こそ少なめながら、堅実な騎乗を続け、偉大なる先輩が保持していたJRA最年長勝利記録を更新し、尚も前人未踏の領域を突き進んでいる、中央競馬界最高齢騎手の柴田善臣氏(56歳/東/フリー)。低調な騎乗数ゆえか、近頃は3月、5月と二か月おきに勝ち星を得る、実にゆったりとした騎手人生を歩んでおり、氏の誕生月たる7月に入ってそろそろ、とファン達がヤキモキし出す頃、やはり1勝が挙がった。

高騰する電気代を更に嵩ます乱れた気候、それでも福島。
2023年7月16日。梅雨晴れとは名ばかりの熱波が到来したかと身構えれば、梅雨前線という語彙の印象を一新せざるを得ないほどの大豪雨が、その姿勢とバケツをひっくり返す勢いで襲い来る。不安定な気候が続くなか、夏競馬は宮沢賢治よろしく淡々と開催されていた。福島競馬場では七月初旬から人馬が熱戦を繰り広げており、連日の天候不順もあって、早くも芝目が痛みつつある。
この日の福島11Rは、秋の短距離G1を睨んだ古馬たちが鎬を削る「福島テレビオープン」であった。芝の1200m戦、勿論オープンクラスの馬たちによって競われる。本年は牡馬10頭、牝馬6頭の計16頭が揃い、我らが柴田善騎手は牝馬六傑の一角、スマートリアン(6歳/父キズナ/西・石橋厩舎)に跨った。スマートリアンはコロナのコの字すらなかった2019年に初勝利を挙げ、その後もクラシックトライアルで連対し、重賞レースでも掲示板に載り、馬齢3歳を終えるまでに3勝を挙げる程の才女ぶりであったが、古馬となってからはその春に1勝したのみであった。つまり2021年6月以降まる二年も勝ち星はおろか2着にも届かず、正に早熟の女性アイドルに似た経歴を辿ってしまったのである。3着こそ二度あり、4,5着に入線した機会もそこそこあるものの、その輝きはやはり天真爛漫な女子高生アイドル時代たる3歳当時にはかなわない。下表をご覧じれば一目瞭然である。

色のついた着順は下の方、つまり、より古い記録に集中しているのがわかる。人気と着順を比較してみると、古馬となってからは特に人気を裏切った着順が目立つ。一番人気に三度も推されているが、結局勝つことは出来なかった。
老獪な妙縁がもたらした浮上のキッカケと、得手不得手
そんな彼女に柴田善騎手が跨るのはこれで二度目である。若い頃、アイドルとして売れかけたことがある女性タレント。女優でもなく歌手もなく、ワイドショーのコメンテーターでもなく、ひっそりと事務所に所属しているような塩梅のスマートリアンを、多くの女性アイドルを見て来たであろう氏は、テン乗りできっちり3着に持ってきていた。彼女にとっては実に一年ぶりの馬券絡みであった。彼女のプロデューサー、つまり調教師は柴田善騎手と同期の、だが通算勝利度数は柴田善騎手の足元にも及ばぬ、しかし元ダービージョッキーである。東西の別があるとはいえ、浅からぬ縁が生んだ復調劇であった。
スマートリアンはその後、京都へ戻って若手騎手を乗せて四番人気を大きく裏切り、自身初の二桁着順での大敗を喫する。悪すぎる馬場が、再起を狙った元アイドルの出鼻を思い切り挫いたかたちだ。いくら腐っても元はクラシックを期待された素質馬である。若手芸人との汚れ仕事は嫌だったのかもしれない。
二匹目のドジョウを狙いたい
そして彼女、とその陣営は、リベンジとばかり、もう一度柴田善騎手を鞍上に確保し、良い思いをした福島の地へ舞い戻って来た。芝1200mは、3着の当時と全く同じ条件である。今回は時期も良かった。なんといっても、夏は牝馬、としたり顔に囁かれる季節だ。人間と同じ哺乳類であることを念頭に置けば、統計として男たちの方が女たちよりも冬に強く、夏に弱いことは明らかである。毎年多くのご家庭で、夏場の冷房温度について夫婦間戦争が起こっているというこの事実が、同じ胎生の恒温動物、しかも一度に生まれる子の数もほぼ同じ、いわば似た者同士である馬の世界に当てはまらないわけがないのだ。
果たして、レースでは外目の枠からそのまま外々を走らされたものの、慌てず騒がず、しかし元気一杯に四角を回ったスマートリアンは、柴田善騎手により荒れの目立たぬ馬場中央へと導かれ、内で喘ぐ先行牝馬たちを力強く躱し、外から追いすがる牡馬をも振り払って押し切った。実に二年ぶりに主役の座を射止めたのである。着差こそ半馬身だが、中団待機から後半600mを34.4秒かかっての勝ち星は、牝馬らしからぬキレの無さを印象付けるものの、その重たさがむしろ確かな力強さを想起させ、堂々たる威厳をも感じさせるという、立派な主演ぶりであった。
男は暑がり、女は寒がり
因みに、他5頭の牝馬たちはそれぞれ2,4,5,9,10着での入線となっている。実に出走牝馬の三分の二が掲示板入線を果たしており、馬券師達に脈々と受け継がれている、夏は牝馬、という格言は、このジェンダーフリーの令和にあっても健在である旨は付記しておく。性差はある。
タレント馬生、再度ハナ開くか
オープンクラスでの初勝利を経たスマートリアンだが、もちろん今後の動向は注目に値するものの、短距離戦線では牝馬限定G1も無く、返り咲いたといっても既に6歳ともなれば前途洋々とは安易に書き難い。女性タレントとしては四十代といったところだろう。距離を伸ばしてヴィクトリア女王たる女優の夢を見るのか、それとも牡馬と共に短距離重賞戦線で、オリコン初登場十数位程度の歌手として善戦を続けるのか。まさかの初ダートへ参戦し、全くの畑違い、報道キャスターの座に突如として収まるのか。何れにせよ、勝ったことで身の振り方を考える段階に進めたのは、贅沢な悩みだろう。女優か歌手かキャスターか、次走を待ちたい。
いよいよ57歳の中央競馬騎手が生まれる。
一方の柴田善騎手であるが、月末の誕生日を前にしてJRA最年長勝利記録がまた更新されることとなったわけだが、56歳11か月17日とは、なんともむず痒い雰囲気だ。57歳、というJRA騎手前人未踏の年齢へ到達しさえすれば、もっと箔と威厳と勢いとが付きそうなものである。二か月おきでの勝利が続いているが、ぜひとも8月中での早期更新をお願いしたいところだ。
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