今年も日本ダービーが終わった。ダービーと名の付く競馬競走が全国津々浦々に広まって久しいから、ここは首都の威を借りて東京優駿という名に固執したいところであるが、いずれにせよ、日本競馬界における甲子園の決勝といった塩梅のイベントは無事に開催されたのだった。
最も運がある馬が勝つとはよく言ったもの。
無事でなかったのはそのレース結果で、一頭取り消した17頭立てにあって中位以下である九番人気程度に推されたに過ぎなかった馬が、真っ先にゴール線を切ったことであった。発走前まで脇役に過ぎなかった馬に強烈なスポットライトを当てて見せた鞍上は、56歳。つまり我らが中央競馬界最高齢騎手である柴田善臣騎手(57歳/東/フリー)の一つ後輩だったことも大いに話題となった。曰く、史上最高齢でのダービー勝利であるらしい。ダービーといえば競馬以外にもクイズダービーを筆頭に様々な世界で使われている由緒ある単語だから、安易にそんな見出しをぶち上げて宜しいのかどうか、不安を覚えた編集者等は居なかったのだろうか。
何はともあれ、目出度い話には違いないが、その栄光の影に隠れる形で、本年僅か2勝の長老騎手は、最年長勝利記録を保持してはいるものの、ひっそりと現役生活を送ることとなってしまったのは切ない。
自分らしく、を貫いて出会うお手馬。
さて、それから半月あまり、人々の興奮が冷めきって思い出となりつつあった今日この頃、今度は満を持して柴田善騎手が勝利記録を更新した。勿論、G1、どころか重賞でもなく、1勝クラスの一般戦ではあるが。

2024年6月15日。東京競馬場は昼時に30℃を超える暑さに見舞われ、恐らくはビールが良く売れた。柴田善騎手は四鞍の乗り馬に恵まれていたが、そのうち三鞍が午後のレースであり、熱気に塗れた戦いを強いられることとなった。とはいえ、老人は鈍感なため暑さに強いとの意見があるし、この日は新馬にも跨ることが出来て柴田善騎手なりに順風満帆の平常運転といったところである。しかし、40年間で2300勝、つまり単純計算で年間50勝以上が当たり前であった筈の騎手人生にあって、今年はここまでたったの2勝とあっては、如何に筆舌を尽くそうとも氏が絶好調であるとは到底書き得ない。
2勝のうちの1つは、今日も跨るピースワンデュック(父グレーターロンドン/牡3歳/東・大竹厩舎)によって近々に、といっても二月近く前であるが、何にせよ抜群の走りでもたらされたものであった。発馬後に先手を奪いきり、そのままカーブを数回まわって東京芝コースの長い長い直線へ入ってからも、後続に影をも踏ませぬ勢いで走り遠し、圧倒的着差でゴールへ飛び込んだのである。
クラスの壁はまだまだ薄いし低いし大丈夫だ。
その強烈な印象は、クラスが上がり、古馬と共に戦うこととなる本走にあっても大いに期待を抱かせるに足る爪痕を、馬券師たちの財布に残した。第8Rの3歳上1勝クラス、芝2400mに9頭立ての六枠6番として出走するピースワンデュックと柴田善騎手は、一番人気こそ外国人騎手とその馬に譲ったものの、3.0倍の二番人気となれば上々だ。
勝った前走が2000mなので距離が1/4マイル伸びることとなるが、同じ東京コースなのだから、結局は直線の長さをどう克服するかというのが逃げ馬にとっての最難関であるということに変わりはない。ピースワンデュックはその直線をむしろ得意とするかのようなパフォーマンスで他馬を圧倒していたのだから、距離不安を唱えるのは愚だろう。
テンよし、なかよし、終いよし、これは本当に強い。
果たして、ゲートが開くと前回同様に無難なスタートから出足を利かせてすんなりと一番手を奪いきったピースワンデュックと柴田善騎手は、そのまま一、二、三、四と日本一大きい競馬場の日本一大きなコーナーを先頭で回り切った。迎えた最後の直線走路では、古馬と一番人気馬に迫られかけると、逆に突き放すかのような力強い伸び足を披露。ピースワンデュックは結局そのまま先頭を守り切り、2着馬に二馬身近い差を付けて、柴田善騎手と共に決勝線を駆け抜けていった。
走破タイムは2分24秒6。これは今年のダービー馬より0.3秒遅いが、2着馬よりはなんと0.1秒早いのだった。つまり、もしピースワンデュックのデビューがもう少し早ければ、56歳の騎手が57歳の騎手と叩き合い、やがて追い抜いて二馬身近い差がついたところがゴール、という健康寿命が堅調な延びを見せる現代日本を象徴するかのような熱い戦いが見られたかも知れなかったのだ。
勿論、馬場の状態も馬の成長具合も異なるだろうから、タラレバも甚だしいが、可能性としては充分に考慮されて良いifストーリーだろう。
咲くか、菊の大輪。
しかし、3歳クラシック戦線は、まだ後半の大一番が残されている。猛暑のなかで2400mを全くバテずに走り切ったピースワンデュックにおあつらえ向きな秋の長距離戦、最も強い馬が勝つと謳われているあの大レースに、柴田善騎手を乗せて入場してくる姿を大いに期待したい。右回りコースでは一度もレースに出たことがない、という事実が唯一の懸念材料、ということになるだろうか。まずはこの夏を無事に過ごして頂きたいと願うばかりだ。