暖簾を外に出したまま、しかし扉はピシャリと閉まり、準備中の札が風に揺れていることがある。店によっては暖簾が外に固定され、一手間かけないと着脱が不可能なものすらある。このような店舗を見かけるようになって15年以上は経つだろうか。そんな店には入ったことがないし、今後も一切入店する気はない。
のれんについて、意固地な一人語り
暖簾こそが、営業中を示す呼び込み看板であり、それを外せば準備中である。暖簾のない入り口は無味乾燥、ちょっと高価な民家の玄関口に早変わり、お店としては休業しているのがすぐにわかる。「ただいま真心込めて準備中」等、意外性を求めた結果どこにでもある物に成り下がってしまった陳腐な木札など、全くもって不要だ。
扉というものが開発される前の仕切り代わりだった布地を、扉が一般化した後にも上手く利用し、先人達の知恵がもたらした効率的かつ効果的な産物、それが暖簾なのである。
暖簾が持つ素晴らしい特徴の一つに、はためくことがある。風で揺れる。鈴などは喧しくてたまったものではないが、暖簾は無音に近い。しかし、街ゆく人々の視界に写りこんで踊り狂う暖簾は、その店の存在感をしっかりと主張するのだ。目の端にチラチラとした物があると、人は気になってその方向へ首を振る。蕎麦屋がある。昼時、特に目当ての食事先を決めずに歩いているならば、ちょっと寄ってみてもという気にさせる。穏かな呼び込みである。静かなるチンドン屋、とはいい過ぎか。
今度はのぼりについて、頑固者の戯言
はためく、といえば幟である。古くは武士が戦場で目印に使っていた旗印だ。幟の凄いのは、強風ともなればその身全体を震わせて色目を使ってくることである。台風の日などは土台ごと飛ばされてしまい、その勢いで歩行者を撲殺したり刺殺したりと、物騒なことこの上ないが、日和を見て適切に運用していけば、これも人件費と電気代のかからない非常に魅力的な客引きとなる。
文明に押されるな、文化、日本
印刷や光彩の技術伸張により、看板や壁、窓にいたるまで、様々な広告宣伝が可能となっている。噴水へのプロジェクションマッピング等、21世紀ならではといった鮮烈な印象をもたらす媒体も、どんどん出現している。
いかし、暖簾と幟、この漢字も複雑で一見すると派手さがない老獪な宣伝媒体も、決して軽視されるべきものではないだろう。光熱費は一切かからないし、大事に使えば維持費も殆どかからない。是非、伝統を重んじて正しく使っていって欲しい。
オリンピックは近い。日本文化の象徴たる物事を、丁寧に見せ付けていくべきだ。