まず語感がエロい。ヌき挿しならないとはどういったことだ。
語源は侍同士の抗争
もちろん正確には、抜き差し、と漢字を充てるので、大したものではない。しかし語源を辿ると、どうも刀の抜きさしが発端であったようで、じゃぁ差しは挿しでもいいんでねぇの?と思いたくなってしまう。平和的解決が難しくなった状況下で、刀を抜いて武力に訴えるか、それとも鞘に収めたまま動かずに死を待つか、といった、どちらにしても血が流れる動きづらい状況、それが抜き差しならぬ状態であり、この言葉の語源であるらしい。
太刀と一緒に持っているちょっと小さいやつ
脇差がいけない。そいつのせいで差しという書き様が一般化している。刀を抜くべきかどうすべきか、という事態を表現しようとした際に、脇差に引きずられたのだ、刀も刀、小太刀を表す脇差の文字に。もし脇差が脇挿と書く存在であったなら、抜き挿しならぬ関係という慣用句が見事に成立していたはずである。
挿入、をやめて差し込んでみる
挿すで最もエロい言葉は、挿入である。むしろこれ以外に挿という文字を使った一般的エロ用語がない。脇差の名前を尊重したまま、抜き差しならぬ関係にエロスを感じるためには、そもそも女性器には挿入するのではなく、差込むという単語を使っていても良かった。
「恵美子の濡れそぼった秘所の差込口は、日を一身に浴びたチューリップのようにばっくりと開き、鋼鉄の侵入者を待ちわびていた。健一は、昂ぶったその気持ちを全身で表現し避妊具を押し破る勢いに膨れ上がった剛直に、カラカラになった自分の口から唾液を無理矢理しぼり出し、塗りこめた。鈍い灰色を纏っていた一物が、銀色の輝きを放つ鉄の棒に変化した。健一は、焦れる気持ちをこらえながら、反り返る銀の棒を秘所に押し当て、一息に差し込んだ。恵美子に、そして健一に電流が走る。プラスとマイナスの愛ある出会いは、二人にたくさんの火花を飛び散らせた」
差込口、という場所は、とにもかくにも電源を彷彿とさせる。コンセントである。これが性行為に持ち込まれれば、まさに電流イライラ棒なのであった。賞金100万円ゲットならず。
差すV.S.挿す、それぞれの特徴
そして、差す、という言葉には、肉を傷つけるような「刺す」ほどではないにしろ、ある種の鋭さがある。競馬でも競艇でも、差しには鋭さや切れ味といった形容表現がつきまとう。さらに、カセットやUSBなどの例を挙げるまでも無く、差す、という行為には、カチッとはまる、という、静的な結果をもたらすことが多い。鋭く切れ込んでピタッと収まる、といったところか。
しかし、挿す、という言葉には、カテーテルでもそうだが、細長いものをゆっくり入れてく、といった情景を想起させる何かがある。挿す、に終わりは無い。なんとなく入るところまで入れていく、という、悪い書き方をすればメリハリの無さを感じさせる。はまらない。収まりが悪ければ自然と押し出されたりする。そこには、性的ピストンと同じような動的雰囲気がある。男女一体となっていながらも不安定な劣情が渦巻いている。まさにセックスだ。
以上のことから、チンコの挿入を差込に置き換えるのは、非常に不届きなことであると結論付けられる。
慣用表現としての意味
ところで、抜き差しならぬ関係、とは、膠着状態で身動きが取れない状態、油断が出来ない状況、といったところから、気の置けない間柄、という意味になっている。これも良い感じだ。まともに見ても、男女関係であれば前向きに刺激的で、恋愛製や性への意欲が感じられる。漫画でもドラマでも、程よくHに、シナリオも楽しめる、良い塩梅のバランス感がもたらされるような状況である。
一方、膠着状態、油断が出来ない、といえば、膣痙攣のリスクである。体の一部分だけ文字通り、身動きできなくなるその様は、まさに抜き挿しならぬ状態だ。実際にはそこまで重篤な状態には陥らないようだから、使う機会は少ないだろうが、語彙は豊富にあったほうが良いに決まっている。万一の時、締め付けられうっ血する陰茎を感じながら、「ははぁ、これは抜き挿しならぬ状態ってやつですね」と言えるくらいのスマートさが欲しい。
日常にエロスを
つまり、意味としては、抜き差しも抜き挿しもほぼ一緒ということだ。彼氏との恋愛に悩む女がいたとしたら、頭のなかで「挿し」を想像しながら「それは抜き差しなら無いね」と話しかけるだけで、セクハラにならずに卑猥な物言いができるのである。考え方ひとつで人生は変わるとは正にこのことだ。違うな。