長い騎手人生にあって、最も勝利から遠ざかった11か月間。無論、氏の最長記録であろう。JRA最高齢騎手にして、日本国から黄綬褒章まで授かった重鎮、柴田善臣騎手(56歳/東/フリー)が、昨年11月以来、久々の一着入線を果たしたのだ。
柴田 善臣騎手が「黄綬褒章」を受章(JRA公式ホームページ)

復帰から6ヵ月。しかし49鞍目。
2022年10月9日。秋雨模様の曇天ではあったが、今秋初の東京開催二日目は、芝の青さ美しく、華々しく執り行われていた。昨年12月初旬に頸椎椎間板ヘルニアに倒れた柴田善騎手は、復帰後の騎乗数も非常に控えめで、この日も乗鞍は一つ。第9Rの三鷹特別(芝1400m/3歳上2勝クラス)に一鞍入魂たる体勢であった。
柴田善臣騎手が中山10R後に頸椎椎間板ヘルニア 日曜中山5鞍乗り替わり(日刊スポーツ)
相棒は初騎乗となるグラスミヤラビ(父サトノアラジン/東・大江原哲厩舎)。育ち盛りの3歳牝馬であった。前々走で新人騎手を乗せて1着となり2勝クラスへ昇格。前走でも21歳の若手騎手を乗せて、クラスの壁を感じさせない3着入線とした期待のホープである。育ち盛り、と断ずる根拠は、その体重増だ。今年5月から毎月一回以上、夏休みもなくコンスタントに出走し続けている中で、馬体重は478kg→482kg→478kgと夏前こそ均衡を保っている感があった。しかし7月以降は、480kg→486kg→492kgと増加の一途を辿り、いよいよ柴田善騎手に回って来た本日となってとうとう500kgの大台にまで乗ってしまったのだ。繰り返しになるが使い詰めで夏を越している中で、牝馬としては大柄な馬体を誇るまでになっている。これを成長といわずしてなんと捉えればよいというのだろうか。絶好調にある馬体といってよかった。
そして、なんといっても柴田善騎手である。今年デビューしたばかりの通算8勝ルーキーと、通算133勝の若手騎手が相次いで馬券に絡ませた馬の手綱を、通算2314勝の大騎手が受け取ったのだ。六番人気に留まったのが不可解ですらあった。
差し追いの理想的な展開。理想的な待機位置。
レースは、無難なスタートから後方を進む。前進気勢が大きく口を割りそうになるグラスミヤラビを、ベテランならではの手綱さばきで穏やかに抑えつけ、機を待った。直線に出ると、広い東京競馬場に甘えることなく、後方集団の外目先頭、という抜群の位置取りで400m標識を迎え、そのまま牝馬らしい末脚を披露して逃げ粘る先頭馬をきっちりとかわしきった。
鮮やかな差し切り競馬であったが、しかし、前半の600mを逃げ馬は33.9秒で駆け抜けているが、後半の同距離については、先頭馬が、つまり逃げ馬とそれをかわしたグラスミヤラビが、35.3秒もかかっているという事実は、完全なハイペース競馬であることを示している。つまり、グラスミヤラビの能力が著しい成長を遂げているというよりは、レース展開が後方馬に絶好のものとなった、ということが勝因ともいえるだろう。

2着馬も3着馬も、グラスミヤラビと同様に道中は最後方、もしくはブービーの位置につけている馬たちであったことからも、真実が見えそうだ。しかし、グラスミヤラビ自身の末脚は、最後の600mを33.8秒で駆け抜けており、これは出走メンバー2位の数字だ。決して幸運ばかりによる勝利ではない。ともすると、来年のヴィクトリアマイルにでも名を連ねることがあるやもしれぬ。
ようやく年が明けたといったところか。
それにつけても、ここまでの道のりは長かった。柴田善氏の騎手人生が始まってから、最長のトンネルであったことだろう。頸椎椎間板ヘルニアに罹患し、保存療法で様子を見るも改善なく、一か八かの手術を受けて生還し、しかし復帰以降も手首の捻挫や違和感等で騎乗機会をフイにする等してしまった。
黄綬褒章を受章したことを理由として、前代未聞の、未勝利騎手によるASJSシリーズ出場という、奇妙かつ不名誉な記録が、氏の意思に関係なく達成されてしまった。そこで十一番人気の馬を2着に持ってくるなど、いぶし銀この上ない活躍を見せてはくれたものの、やはり勝ち星0では恰好がつかない。
今年の騎乗数は未だ50鞍に満たない。ルーキーイヤーでも12勝し、2018年の7勝というのが最少勝利記録であった筈の柴田善騎手は、56歳となったいまになって、ワースト記録を塗り替えようとしている。しかし、各報道における氏の言葉は明るい。詳報はそれぞれの一般紙記事に譲りたいが、その謙虚堅実直向きな明るさは、競馬ファンのみならず、同年代の戦う労働者たちをも勇気づける、不思議な説得力がある。JRA騎手の最高齢騎乗記録の更新まではもう少し月数がかかるし、まだまだ活躍を見守ることが出来そうだ。
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