柴田善騎手、今年の2勝目は強い強い逃げ切りで。


今年の初勝利から実に二か月以上が経過。梅が、桜が、桃が枯れていよいよ躑躅までという四月の末に、JRA最高齢勝利記録のタイトルホルダー、柴田善臣騎手(57歳/東/フリー)がようやく2勝目を挙げた。

<JRAの公式動画より。決勝線。圧勝>

熱く明るく爽やかに、大勝利を。

2024年4月28日の日曜日。黄金週間の前半戦を迎えた東京競馬場は、気温30℃に迫ろうかという、まごうことなき夏日であった。4月の中頃からここまで、実に八度連続で二桁人気の馬に騎乗してきた柴田善騎手だが、この日の5Rは二番人気。僚馬は前走が初出走、経験馬相手の未勝利戦にあっては当然のことながら九番人気の低評価だったが、本日と同じ柴田善騎手の手綱さばきもあって、勝ち馬までハナ差の2着へ迫る激走を見せてくれた、ピースワンデュック(父グレーターロンドン/牡3歳/東・大竹厩舎)である。

前回がハナ差の2着ともなれば、タイム差から鑑みてももはや勝ったも同然、今回こそはの確勝級、といった評価されるのは当然である。しかも同馬はレース経験者に囲まれた中での初実戦だったのだ。生まれて初めての競馬競走、その焦りも緊張も吹き飛ばす快走を見せてくれたのだから、陣営の期待は否が応でも高まっていることだろう。

「あいつ、最初だけだったなぁ」

しかし、野球界に「二年目のジンクス」という古くからの慣用句があったように、競馬界にも「二走ボケ」という言葉が脈々と受け継がれているし、競馬と密接な関りがあろう賭博界隈では、「ビギナーズラック」という甘く恐ろしい言葉がある。つまり、ピースワンデュックが見せつけてくれた初戦の成果を過度に信じ、今後に期待すると、とんでもなく痛い目を見る可能性がある、ということだ。ゆえに馬券師たちは、自らの古傷や先人の屍に刻まれた格言に思いを寄せて、ピースワンデュックには一番ではなく二番人気の評価を与えたもうたと考えられる。実際の力としては間違いなく出走馬十二頭中随一のものがあったとしてもだ。

憶測や迷信を吹き飛ばす…? まさかの逃げ!

発馬機が開くと、内めの三枠3番に入れられていたピースワンデュックは元気よく飛び出した。さしてずばぬけたスターティングではなかったものの、やる気に満ちた前進気勢と、東京芝2000mというやや特殊なコース形態の利を得て、引き込み線から二角へ合流する頃にはあっさりと先頭に躍り出た。初戦は先団を見る形に控える競馬をしていたから、これには動揺を隠せぬ馬券師たちも多かったことだろう。

<JRAの公式動画より。二角から向こう正面へ出たあたり。先頭を進む赤帽の柴田善騎手と、3番ピースワンデュック>

だが、上掲画像を見れば瞭然だが、柴田善騎手は我関せず、我が道を征くピースワンデュックを抑えもせずに淡々と折り合い、平然と逃げの手を打った。果たしてこのレース場の芝コースで、しかも初めて逃げの戦法をとったキャリア二戦目の若馬が、無事に逃げ切ることなど出来るのだろうか。馬券師達の動揺は広がるばかりである。

逃げ戦法と東京コースの抜き差しならぬ関係

つい数行前に、東京の芝2000mコースが少し変哲な形をしているという旨を記載したばかりだが、本走のピースワンデュックと柴田善騎手は、その恩恵と弊害の両方を受けることとなった。

<JRAホームページより。東京競馬場のコース図>

東京競馬場の芝2000mの発馬地点は、レース場の最西端、上図でいうと右下の部分である。象の鼻とも尾とも表現できそうな部分の先端だ。ここから南へ向かって、つまり図としては上へ向かって走り出し、ほどなく左回りで本コースへと進入していく。発馬ゲートは若い番号から左詰めだから、よりコーナーに近いところからスタートを切ることが出来る内枠は、前へ行きたい馬にとっては有利だ。そのまま直進するだけで、内柵沿いにコーナーを迎えることができる。

むしろ、外枠の逃げ馬にとっては相当な不利、という書き方をするべきかもしれない。外枠からの発馬は、往々にして先手を取り切る前にコーナーが迫ってきてしまい、好スタートを切っても内側の馬たちにコーナーワークで盛り返され、番手に控えなければならない、という事態に陥りやすいからだ。

しかして、柴田善騎手とピースワンデュックは内めの三枠3番であったから、スムーズに先手を取り切ることが出来たのだった。これが、東京芝2000mコースから人馬が受けた恩恵である。

一方、逃げ馬にとっての弊害は、2000mコースに限らないが、東京競馬場が誇るその直線の長さである。最終コーナーを内々で回ってそのまま押し切る、逃げ切る、というのが逃げ馬の理想であるが、東京競馬場は曲がってからが長い。コーナーを回って残り200mと少しでゴール、という競馬場もあるなか、東京はその倍以上、実に500m以上もの長さにわたり、直線走路が続いているのだ。おまけに途中には高低差3m近い上り坂まで設置されており、栄光のゴール板は遠い。逃げ馬は、この長い直線を、競り落とす相手もなく孤軍奮闘、ただただ逃げ続けねばならない。一方で後ろから迫る他馬たちは、長く広い、見通しの良い直線走路を大きく使ってライバル達と睨み合いながら切磋琢磨、皆の力でダイナミックに追い込んでくることが出来るのだ。

向こう正面で気分よく先頭を走るピースワンデュックと柴田善騎手は、その先にこの弊害をプロレスよろしく真正面から被り切って、尚且つ乗り越えなければ勝利はないのだった。無論、馬の方は知る由もない。乗り切る体力、精神力、脚力全ての配分は、現役騎手のなかで誰よりも長く東京競馬場で騎乗し、その特性を冨に熟知している柴田善臣騎手にかかっている。

大ベテランの魔術と見るか、若き新星の輝きと見るか

三枠3番絡みの勝馬投票券を握り締めた馬券師達の不安は、しかし、全くの思い過ごしに終わった。最終コーナーをもちろん先頭で回ってきたピースワンデュックと柴田善騎手は、そのまま他のどの人馬よりも先に400m標識前を通過した。柴田善騎手が小さくステッキを入れるとピースワンデュックは更に躍動し、迫ろうとする後続を一切寄せ付けない。そのまま手脚を緩めることなく猛進したピースワンデュックと柴田善臣騎手は、終わってみれば二番手以下の馬群から五馬身もの差を付けて決勝線に飛び込んでいたのだった。

まさに、テンよし中よし終いよし、昭和中期の名馬よろしく、無欠の完勝であった。何しろ、ゴール前で後続に詰め寄られてギリギリ残した、といった勝ち方ではないのだ。着差はむしろ開いていた程で、まさしく千切っていた。数字にも顕著にあらわれていて、最後の600mを33秒台で走破したのはピースワンデュックただ一頭だったのだから恐れ入る。元々先頭を走っていた馬が、他のどの馬よりも速いラストスパートをかけたということだから、この三次元世界では追いつくことなど出来ないばかりか、無情にも差が開いていくだけだ。

今後が気になる大いなる期待馬と、なかなか勝てぬ仙人

未勝利戦とはいえこれほど圧倒的なパフォーマンスを見せてくれたピースワンデュックの今後に期待は高まるばかりだが、残念ながらクラシック中盤戦にももう間に合わない。夏をどう過ごすのか、注目して見守りたい。

さて、柴田善騎手のほうはこの四か月で2勝、つまり年間6勝ペースでここまで来ているが、このままだと怪我等の無かった年として最少の勝ち星数を記録することとなってしまいそうだ。前途明るいピースワンデュックとのコントラストは映えそうだが、果たして。


労働階級からの解放を志し、収入のアテもないのに突然脱サラ。後先考えないその姿勢に後悔しきり。

1件のコメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です