依然として無観客開催が続いてはいるものの、夏競馬の本格的な到来に沸く関東以北のホースファンは多かろう。月末にまた一つ年をとる予定の柴田善臣騎手(53歳/東/フリー)は、そんなファンの期待を一身に背負った一番人気馬を巧みに操り、昨年より一月以上早く年間二桁勝利を達成した。

かつての男・増沢騎手よろしく、福島の鬼になるか
2020年7月11日、福島競馬場の第4Rに組まれていた3歳未勝利の一戦。芝2600mという、未勝利クラスとしては珍しい長距離戦に、柴田善騎手はエクセレントラン(牡/父ジャングルポケット/大江原厩舎)と共に臨んだ。エクセレントランはデビュー当時から一貫して柴田善騎手を鞍上に迎えており、ここまで四走。そのうち掲示板には三度も載り、直近の二走は何れも2着という非常に惜しいレースが続いており、何はなくとも実力上位であることは疑いようが無かった。

そして何より、今回は長距離戦であった。依然示された通り、長い距離では斤量と騎手の差が如実に現れる。デビューから全てのレースにおいてその手綱を柴田善騎手に託してきたエクセレントランに対するファンの期待は、大きくなるばかりであったろう。
そのため、圧倒的なとは到底述べがたい3.8倍という数字ではあるが、エクセレントランと柴田善騎手は一番人気に支持されたのであった。
玄人好みの長距離戦、道中もタイト
稍重条件での発走となったレースは、最初の400m間を24.1秒で駆け抜けるという、開幕二週目とはいえど、湿った芝の未勝利戦にしては速めの位置取り争いとなった。柴田善騎手とエクセレントランは、中団よりやや後ろで追走することとなる。
長丁場に不安を抱えている人馬や、そもそもこの距離が初体験となる馬も多い未勝利クラスの長距離レースとあっては、各陣営とも仕掛けどころが悩ましい。臆病な人馬ほど早めに動きたがってしまうが、勿論それが全体の正解なわけではない。馬群の情勢を読みつつ、しかし他馬の動きに惑わされず、如何にして自分の余力を推し量り、無事に全力を出し切るのか。出走16頭のブレーンは、遅くとも一周の間に身の振り方を決めねばならない。
まず水面から顔を上げたのは、、、
残り1100m付近で、赤い帽子の騎手が動いた。何かと持てはやされる若手外国人騎手である。まだ二十代半ばとはいえその実力は折り紙付きで、国内で既に40勝程度を上げている若き名手だ。


まだゴールまで1000m以上あったが、ここにきてペースが若干緩んだことを契機として捲ってしまおうと前向きに考えたのか、それとも、四番人気まで推されていたとはいえど、長距離を後方で我慢することに馬が耐えられそうもないと感じたからなのか。何れにせよ、一気呵成の進出であったが、追従者はなかった。
因みにこの後、若き異国の名手と四番人気馬は、二度目の三コーナーを二番手で通過出来るまでに先頭を追い詰めるが、追い上げの無理が祟ったのか結果的に13着へと沈んでしまい、策は実らなかった。

次に我慢の限界を迎えるのは誰か
若い外人騎手の果敢な攻め手を見せつけられたが、ベテランの柴田善騎手はさすがに微動だにしない。

赤い帽子の騎手が先行馬へと襲い掛かりに行ってから約10秒後、今度は二名と二頭が中団位置からの脱却を開始した。二番人気を背負わされた白い帽子の、タートピのアイドルレポーターをものにした中堅騎手と、緑の帽子を被らされた押しも押されもせぬ伊国の名騎手が、それぞれの未勝利馬を率いて両脇から柴田善騎手とエクセレントランを躱していくが、しかし最高齢騎手は、まだ動かない。

満を持して主役の登場
さらに5秒後、いよいよもって柴田善騎手が猛然と追い出しを開始した。残り800m標識の少し手前あたりであった。エクセレントランも待ってましたとばかりにこれに応え、向こう正面から三、四角にかけて、大外からの強襲をはかる。追い出し加減を緩めていた白い帽子の騎手と馬をあっという間に抜き去り、緑の異国人騎手とその馬へと並びかけると、コーナーワークの不利を物ともせずに力強く外からねじ伏せた。そして四角を抜ける頃には、先頭集団で圧力をかけていた筈の、あの赤い帽子の若い騎手が駆る馬と並走するまでになっていたのだった。

ここから青い帽子と赤い帽子の、一足早い真夏のデッドヒートが始まるかとも思わせたが、上述の通り、赤帽騎手の馬は追い上げに力尽きたのか急速に後退、柴田善騎手とエクセレントランは最後の直線を逃げ馬と一騎打ちの状態で迎えることが出来たのであった。


あわや「どこいくねん」、ハラハラの独走
ここからは他馬を寄せ付けず、最終的には三馬身以上の差を付けて、柴田善騎手とエクセレントランはゴールするわけだが、福島の短めな直線を走る間、柴田善騎手が右鞭を振るう度に、エクセレントランは外へ外へと進路を変えていったことにも言及しておく。



従順なのか何なのか、かなりの逸走ぶりであった。ゴール前でもエクセレントランは口を割って舌を出しているようで、デビュー以来ずっとコンビを組んでいるこの人馬は仲が良いのか悪いのか、よくわからないことになっていたのである。しかし、雨が降って内側の馬場は荒れているから、外々の方が馬の負担も少なくて走りやすいし、追い込み勢をけん制する意味でも、右鞭を使って馬を外へと張り出し、大外から来るかもしれない勢力に圧力をかけていくのは、理にかなっている。それでも、少し極端に過ぎるこの馬の振る舞いが、やや馬券購入者を不安にさせるのだった。
人気の高さはファンの支持があるからこそ
これで今年も二桁勝利を挙げることとなった柴田善騎手。一番人気での達成であるから、まだまだ多くの人々に信頼されていることが明らかであるが、彼はこの勝利後に第9Rの特別競走でも一番人気馬に跨って、なんとも情けないブービーの11着に敗れているのだから油断ならない。しかしこれはご愛敬である。綺麗なものだけ見ていたい、と堅く目をつぶって次の勝利を待つのが、老兵のファンたる嗜みであろう。