生田波美音さん、元選手になる。


昨年の春以来謎の休場を続けていた、元最年少女子レーサー生田波美音選手(22歳/東京/B2)が引退した。前月に復帰戦の斡旋が公開され、それが削除されてから程なくしての出来事であった。

<Yahoo!ニュースより>

下衆な勘繰り休むのがマシ。

果たしていったい何があったのか、舟券師たちは知る由もないが、火の無いところに煙を立たせることすら出来る令和のネット環境においては、根も葉もない噂が容易に立ち上っては広がっていく。当記事としてはその類のどれもが支持するに足らぬものと考えているし、その理由を公にする義理も、何より根拠もないので、引退理由について掘り下げることはない。あくまでも人々の記憶からいずれは消え去るであろうこのB級レーサーについて総括するのみである。

通算成績から色々みてみよう。

実働4年で通算51勝。競艇界では優出ゼロ、万年B級のまま終わってしまったが、もしプロ野球選手であったなら大した数字である。記録よりも記憶に残る、チーム黄金期においてローテの一角を担った先発投手といったところだろうか。

<艇国データバンクより>

艇番別に見てみると、さすがB級といった平々凡々にも届かぬ物足りない1号艇1着率に目が行くが、2号艇の1着率12.6%という数値はそれに比すとやや健闘しているだろう。思い返せば初の1コース進入はなんと2号艇によるものであったし、理由の定かでない長期欠場の印象も相俟って、生田選手には黒色が似合うのかもしれない。

<艇国データバンクより>

さて、生田選手といえばその向こう見ずな負けん気である。それは、コース別データからもくっきりと裏付けされている。差しが定石となりがちな2コース進入において、最初のターンマークで勝負を決めた7戦において実に果敢に攻めた捲りが4回もあるのだった。状況を鑑みずに必ず捲りをしかけるのならバカみたいな田舎娘だが、差しも3回と非常にバランスの良い配分で、1コースの走者をターンマーク直前まで惑わせる。引退が惜しまれる好走であった。1コースにおいても当然の逃げ切りが19回ある他に、道中で抜き返しての勝ち星が4つあり、舟券師たちを飽きさせない。諦めの悪さと無謀さ、そして確かなセンスが垣間見れるデータである。繰り返しになるが、このまま水面を去るのが残念でならない。

<艇国データバンクより>

最後に場別の成績を見ておきたい。全78節に出場したが、東京支部所属だけあって多摩川、平和島、江戸川の都内三場で三割強となる27節を過ごしている。他は均等に、といったわけでもなく、びわこと丸亀にはついに足を踏み入れることがなかった。実働4年、全24場もあるのに78節しか参戦していない為、1、2度ほどしか訪れていない場が多くあり、傾向は読みにくいが、こと都内においては良好な扱いをされていたことは間違いないだろう。東都のエースが濱野谷なら、東都のビーナスは波美音、となっていた可能性だってあった。たらればだが、タラもレバーもタラバも美味い。

競艇にとっての全国とはどこまでを指すのか。

新潟県出身の生田選手。もしボートレース場が全国津々浦々に均等に、それこそ24場が隣接する都道府県に一つずつ、といった塩梅で配されていたなら、このような早期引退は避けられたのではないか、と、全く火の気がないところから狼煙を上げておく。しかし、同じ出身者が固まって和気あいあいとしているだけでも、なんらかの状況は前を向いて進みそうな、緩やかでも確実に好転しそうな、そんな気はしないだろうか。これは反語ではない。

いずれにせよ、118期の連敗女王、白石有美選手よりも先に舟を降りることになるとは、誰が想像したであろうか。今後、みたび東京支部から最年少女子レーサーは誕生するのかどうか。もし生まれた場合、そのケアはどうするのか。考えるべき宿題がありそうだ。


労働階級からの解放を志し、収入のアテもないのに突然脱サラ。後先考えないその姿勢に後悔しきり。

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